新自由主義 自己責任

社会の構造自体に問題があるのに、それを個人の問題にすりかえて失敗者を攻撃できる自己責任論が、近年日本で急増しています。, 忍耐を尊ぶ国民性をもつ日本人と「根性論」は相性が良く、「気合いと根性で努力を続ければ何でもできる!」という根性論が国民の間で長らく受け継がれてきました。, 頑張れば頑張るだけ成果につながった戦後からバブル経済期までは根性論が正義であったものの、バブル崩壊から現代にかけては経済成長が低迷しており、若者が努力と根性を否定するようになってきました。, 世代交代が起こっても、日本人の根本的な気質はあまり変わらないので、過去の根性論が形を変えたのが現在の「自己責任論」です。, また、「改善と省エネによる工夫ではなく、力押しの根性論が好まれてきたこと」からもうかがえるように、日本人は問題の原因をシステム面から分析する能力に欠けるため、「(どうしてそうなったのかは分からないけれど)とにかく努力が足りないお前個人の問題!」と、問題の本質と向き合うことをうやむやにできる自己責任論は、日本人にとって都合が良いと考えられます。, 格差社会化が顕著となってきて、非正規雇用枠も増大してきており、日本人全体にお金と心の余裕が無くなってきている。かといって、海外のように集団デモや革命運動をするような国民性でもない。ならばどうすれば鬱憤が晴れるのか?, 溜まった鬱憤を晴らすために、自己責任論を振りかざして「お前が悪いんだろ!自己責任だ!」というための叩きの手段として自己責任論が好まれている事も、現代日本で自己責任論が増えてきたことの原因です。, 政府が市場に介入して金持ちに過度な税制を課したり、社会福祉を充実させて社会の弱者を保護しようとすると、結果的に企業の成長が停滞することが判明したので、そのことを受けて20世紀に入ってから誕生したのが「新自由主義」です。, 新自由主義は「徹底した競争主義」を第一にすることで、企業同士を競い合わせ、それによって国家自体の国際競争力の向上を最終目標にしています。, 2001年から2006年までの小泉内閣によって、新自由主義的な政策である「小泉構造改革」が行われ、規制緩和が進み、派遣・契約社員のような非正規雇用者が増大することになりました。, 小泉構造改革によって推進された「競争主義」が企業間のみならず国民間にも浸透した結果、「競争に負けた人はその人が弱かったり、努力不足だから!」と敗者を責める考え方が支配的となり、それが現在の自己責任論の台頭につながっていると考えられます。, そもそも「権利」という概念は自己責任ときわめて「相性がよい」というのもあるんでしょうね。  「権利」というのは「ある行為の主体がその行為をなそうとする際に他者から制約を受けない範囲」のことですから、それを行使する者の力量に応じて拡大したり縮小したりする物です。ですから権利が保障されたからといって、結局のところそれを行使する者の努力無しには維持し得ない物でもあります。「権利を守るには常に闘わなくてはならない」というのはそうした「権利」の構造に由来する本質的な宿命であるともいえます。  「権利」のあるところに「自己責任」ありというのはある意味当然の理論的帰結なのだともいえます。, 「新自由主義」は政府による企業活動への規制・介入を避け、規制緩和をし、そのことで企業活動の促進と企業規模の増大を目標とする. しかし,新自由主義は,つねに改革を訴え,個人や企業に対しても市場での絶えざる競争と自己革新を求めるため,こうした社会的格差は,市場での競争の結果として当事者の自己責任とされる。 新自由主義の特徴と言えば、まず何と言っても、 「自己責任」 です。 自己責任というのは良い結果も悪い結果も全て自分がもたらした結果であるという個人主義を前提とした考え方です。 šˆ¢C—…ô > ­Ž¡E‘I‹“E‚m‚g‚j273ŒfŽ¦”@ŽŸ‚Ö @‘O‚Ö, http://www.asyura2.com/20/senkyo273/msg/899.html, http://blog.livedoor.jp/pat11/archives/51986099.html, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200705/k10012497581000.html, https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202007070000101.html. Would love your thoughts, please comment. 暗黙のカースト制が 新自由主義の精神副産物だった ことを証明した *** れいわ新選組は65万票だった それより 立憲民主+共産+野田G+国民民主半分が擁立した 宇都宮氏はわずか80万票だ 民主主義には 中国の国家民主主義=国家利益主義

タイトルには「ネトウヨ」とつけましたが、自己責任論の蔓延はネトウヨだけにとどまりません。  日本人のメンタルは、かなり自己責任論を肯定しているといえます。 「社会のせいにするな! それは自己責任だ!」とは、よく聞かれる言説です。低学歴なのも自己責任、貧乏なのも自己責任。危険に近づいたやつが悪い。安田... 先日、拙ブログにて書いたルサンチマンの意味と原因とは?自己責任論もルサンチマンが原因ですが、何かまだ足りない。そう直感してました。 書いたあとに、ルサンチマンの原初たる「嫉妬」を考えてました。 上記の稿で、プロフェッサーカオスさんからコメントを頂きました。そのコメントで「思考がつながった!」と直感し... 自己責任。これほど誤用が氾濫する言葉は、多くはありません。 日本において「自己責任」とは、主に非難の用途として使用されます。 「悪い結果になったのは、自己責任!」「能力がないのも、自己責任!」「貧乏なのも、自己責任!」というような。 上記, 国の借金返すと世の中のお金が無くなるなんて非現実的。 待っているのはそれよりもひどい現実です。, 普通の人が空気しか読まない政治家を選んでしまうのはなぜか。危機感がない時の考え方。, 好景気判断も基本的には実態を無視した事実上の捏造であったことはしっかり覚えておくべきです。. 何かあるとすぐ自己責任! 炎上するのも困窮するのも、たたかれるのも自己責任! こんな風潮が日本には存在します。 自分を自己責任論者と認めていなくても、何かあれば自己責任を振り回す人の多いこと。自己責任論賛成の人たちとでも、表現すればよいでしょうか。, 自己責任論者や自己責任論賛成の人たちは、論理的に「自らは卑怯で卑屈な存在である」と公言しているに等しいという「事実」を解説してみたいと思います。, 自己責任論に賛成の人たちの特徴は「努力は報われる。結果が出ない努力は、努力の方向性が間違っていた」と考えることです。したがって「結果が出ていない困窮した弱者」は「努力しなかった」か「努力の方向性を間違えた」と結論づけられます。, 自分たちがある程度の地位や所得、生活を手にしているのは「正しい努力をしてきたから」と思うのが自己責任論者や、自己責任論に賛成する人たちです。, つまり「報われていない=正しくない」のであり、「正しくない=悪い」となります。よって自己責任に賛成する人たちは「報われない人たちを『自己責任!』とたたくのは、むしろ弱者を正しく導いてやっている行為」となります。 あまりにもナイーブ幼稚な理屈であることは、常識的な大人なら理解できるはずです。, 自己責任論への賛成は、あまりに純朴で単純な平等性への妄信が根底にあります。なぜなら「正しい努力は”いつでも”報われるはず」とは、常に正しい努力には正しい評価が下されるはずという平等性が前提条件として存在しています。, 当然ですが「よい結果が出たから正しい努力」は論理的に間違いです。なぜなら「努力している時点では、結果がわからない。よって正しいかどうかは判断できない」のですから、正しい努力を選択することも不可能です。 「たまたま結果がついてきた」から「それは正しい努力だった」と、後付けで評価しているだけなのです。, 現実は不確実性に満ちています。よって「正しいであろう努力が、突然報われなくなる」ことだってあり得ます。就職氷河期世代などは、その典型例です。 現実とはかくも困難で、複雑なものです。, その現実の中で「自分たちは正しい努力をしてきたから報われている」「報われないのは努力していないから」と切って捨てるのは、単なる現実逃避や思考停止です。, 2008年のリーマンショック以降の、年越し派遣村。生活保護受給者の急増や就職氷河期世代の貧困。これらの議論には必ず、自己責任論に賛成する人たちが絡んできます。「非正規雇用になったのは自己責任! 派遣も自己責任! 生活保護? 税金で生きてるんだから無駄遣いするな!」, 貧困状態に陥る=弱者と定義可能ですから、自己責任論に賛成する人たちは弱者に向かって「自己責任!」と叫んでいることになります。, 迂遠な言い方はやめましょう。自己責任を振りかざし、自己責任論に賛成する人たちは、弱者たたきの口実に自己責任論を利用しているだけです。 その本質は「弱者をたたき、正義面して鬱憤を晴らす」という、いじめの構造と全く同じなのです!, なぜ本稿のタイトルが「自己責任論賛成・自己責任論者は自分を卑怯な人間と認めるに等しいという事実」であるか。自己責任論者たちは「いじめている人間」ないし「いじめを知っていて傍観している人間」と同じなのです。つまり「卑怯な人間」というわけ。, 日本ではエリートたちが、自己責任論を振り回すという話もよく聞きます。遡れば小泉純一郎内閣から、日本では自己責任論が蔓延しました。 新自由主義やグローバリズムも、自己責任論の蔓延を後押ししています。, エリートの語源とは「神に選ばれたもの」であり、公共に仕える人という意味です。日本語で言えば公僕が、エリートの意味に近いでしょうか。 エリート性と公は、切っても切り離せない関係なのです。, しかし自己責任論は、公の責任をパージしていきます。エリートが自己責任論を振りかざすとき、それはもはや「エリートではない何か」に変質しているのです。 上から下まで自己責任を唱える日本に、もはやエリートは存在していないのかもしれません。, 本稿では自己責任論と、自己責任論への賛成の病理を描こうとしています。その家庭で検索をしていましたら、非常に面白い記事を見つけました。, 『不実/我侭』な村人の救済度合いを低く見積もった1800年の大和国山之坊村の姿勢と、水際作戦で生活保護申請を認めず、結果として40代の姉妹二人を餓死させた2010〜12年の札幌市白石区福祉事務所の態度とは、異質なものではなく、同じ土俵上にある同質の問題だといえよう。, 江戸時代は米という限られた資源を、貧困の救済に充てたわけです。よって「俺たちの血税を」という言い分は、ある程度の正当性を持ったでしょう。 しかし現代は近代資本主義社会であり、MMTの議論では「税は通貨を駆動するために存在する」のであって、税金から支出をしているわけではありません。, にもかかわらず江戸時代と同じ「自己責任論」を、現代人が唱えているのは非常に不条理なことではないでしょうか。, 自己責任論は、個人に責任をすべて還元します。よって政府や政策、国家といったものがしっかりしているかどうか? が問われません。, 自己責任論とは「強者へのおもねり」と「弱者へのたたき」という、もっとも嫌らしい姿ではないでしょうか。誰しも「上司へごまをすり、部下につらく当たる上司」は嫌いでしょ? しかし強者へおもねることは、最も楽なことでもあります。, なぜ日本で自己責任論が、こんなに強いのか? 表だった賛成は多くないものの、そのメンタルが根強く染みついているのか? 様々な議論に還元可能でしょう。皆様もぜひ、少し考えてみてください。, フォローボタンで端末(PC、スマフォ)に更新が届きます。通常1日1回ほどの更新です(同ボタンで解除可能)Firefox、Chrome対応。, 「自己責任」とか言う人に、これからは「江戸時代の村人と同じだね☆」と言い返そうと思います。, 貧しくて年貢を収められない世帯があれば村が救済にあたる。しかし、そこには社会的制裁も…。. 何かあるとすぐ自己責任! 炎上するのも困窮するのも、たたかれるのも自己責任! こんな風潮が日本には存在します。 自分を自己責任論者と認めていなくても、何かあれば自己責任を振り回す人の多いこと。自己責任論賛成の人たちとでも、表現すればよいで B, ¬’r•S‡Žq‚ƉF“s‹{Ž‚̈ê‹R‘Å‚¿‚É‚È‚èA‰F“s‹{Ž‚ÉŽR–{‘¾˜Y‚ª‰ž‰‡‚É“ü‚Á‚āu‚±‚ê‚Í–ì“}‹¤“¬‚©Hv‚ÆŽv‚¦‚½‚È‚çAˆá‚Á‚½Œ‹‰Ê‚ªo‚½‚©‚à‚µ‚ê‚Ü‚¹‚ñB, ŽR–{‘¾˜Y‚Í‚ ‚Ü‚è‚É‚àŽ©•ª‚Ì—Í‚ð‰ßM‚µ‰ß‚¬Bˆ«‚­Œ¾‚¦‚ΐ¬‚èã‚ª‚èB‚à‚Á‚ÆŒ˜ŽÀ‚ɁA‘­‚Å—Í‚ð•t‚¯‚āA¬‘òŽ‚âŽ}–쎁‚â‹Ê–ØŽ‚âA‚Å‚«‚ê‚΋¤ŽY“}‚Æ‚à—Í‚ðŒ‹W‚µ‚½V“}‚ɉÁ‚í‚èAŽ©–¯“}­Œ ‚ðI‚í‚点‚éˆê‚‚̋î‚Æ‚µ‚Ä“­‚¢‚Ä‚Ù‚µ‚©‚Á‚½B, £ã‚ց@@@@@ 災害大国で国土強靭化をサボった安倍政権とそれを継承する菅政権を支持して自分の命を脅かす異常な世論, 竹中平蔵が推進するBIを本当に望んでいるのは誰か?『ベーシックインカムとは本質的に雇用主への補助金に過ぎない!』, 菅政権成立! 「自助・共助・公助」と言うけれど、自助も共助もいっぱいいっぱい!|「公助」拡大のススメ, 表現の不自由展の「笑えない作品」時代の肖像-絶滅危惧種 idiot JAPANICA 円墳, このような制限があったため「助けてもらうのが申し訳ない」と、一家総出で夜逃げのケースも. 自己責任の新自由主義か、おおもとからの転換か”これが政治の対決点。 小池書記局長が討論 ... の力にならない」と応じ、東日本大震災やコロナ危機などによって同党の枝野幸男代表の新自由主義路線に対する認識が「変わった」と述べました。

新自由主義とは、日本では中曽根政権以降に行われた「民営化」「構造改革」などの政策を支える思想のことです。新自由主義的政策の結果、労働者の立場が弱くなり自己責任論がはびこる社会になったとも言われます。議論の多い新自由主義について詳しく解説します。 「自己決定にともなう責任」などと言うと反発する人が出るのはもっともなことです。 しかし、「自己決定の裏の責任」を重視する立場が、日本で流行った新自由主義的な「自己責任論」と同じとみなすのは誤解です。誤解というのは、まず、 社会の構造自体に問題があるのに、それを個人の問題にすりかえて失敗者を攻撃できる自己責任論が、近年日本で急増しています。これでは、他人を叩いて気持ちよくなれても、問題の根本はまったく解決しません。自己責任論が急速に拡大してきた社会的背景と、自

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